昭和54年10月16日秋季教祖大祭
教祖の神様がこのように御出現になったいうことは、世の中に沢山の生神ができる事を願われて、天地の神様との触れ合いとなり「此方のことを生神、生神と言うが此の方ばかりではない皆もその通りにお陰が受けられる」と仰せられる、そういう生神が沢山世の中に多くなって参ります事をここでは「和賀心時代を創る」というふうにもう申しています。
生神とは和賀心の権化と申しましょうか、和らぎ賀ぶ心の塊のようなものなんです。そこで教祖様が教えて下さる「あれもお陰であった、これもお陰であったと分かるようになると本当の信者じゃ。」生神の言うならば、第一歩である。私いつも思うんですけれども
教祖の神様が御教え下さってる『御教え』を私達が本気で実証さしてもろうてもう一つも嘘もなければ、間違いもない。もし頂けんならまだこちらが悪いんだという頂き方で御教えは頂かなければダメです。
少しはオーバーな表現であるというように頂いたんでは、お陰になりません。あれもお陰、これもお陰と分かると、ですからね、本気で御教えを実行してみませんと、なるほどお陰ということが分かりません。開けてみれば愛ということです。もう一切がそうです。開けてみれば愛であり、神愛であり、お陰いただかしたい、お徳を下さろうとしている働きであることを、なのですけれども、私共は不平で受けたり、不足で受けたりいたしております。
だから、信心でもそうー度胸がいると申しますか、度胸も初めから出来ると云う訳ではありませんけれども、ダンダン神様を確信出来てくる、神様を信じ得てくるようになった処から、それこそまあ、槍でも鉄砲でも持って来いと言うという度胸もまあ生まれてくると言う訳であります。
久留米教会の初代石橋松次郎先生がある時に御本部からお見えられた偉い先生のお話をお聞きになっておられた。ところがなかなか文高くて意味が分からなかった。「信心生活」という講題のもとにお話があった。
それで、なかなかの御霊徳家であり御神徳家であられた石橋先生は、今お話になってる意味が分かりません、だいたい信心生活とはどういう事をいうのでしょうかと神様にお話を聞きながらお伺いをなさった。そしたら神様からお知らせを頂かれたのが「丁度生まれたばかりの赤坊が紅白の布団の上に寝せてある、そしてそれに水引が懸けてある。」というようなお知らせを頂かれて、ははああーそれが本当の信心生活だと悟られたということです。
いろいろお知らせをいただきますとすぐどういう事かわからなければ、タイトルがちゃんと付いているんですからお徳を頂かれた先生はそれがわかられる。はあはあ、信心生活とはそういう事かと悟られた。ですからそういう生き方をよくよく私共は聞かせてもろうて、神習わして頂かなければならんのです
先生はそのことに対して、とにかく、人間が生まれてくる時に布一寸糸ひとすじ体に付けてきた者はおらない。一際生まれた時点から神さまのお陰で着せてももらい食べさしてもろうて、いうならば、神様のお陰を頂かなければ生きていけないのだという、その、いうならば、感情というか、そう言う心が生活の中に溢れてこなくてはいけません。生活の中に自分でなす、自分ですると言うけれども、それが自分で生き詰まって自分でじゃ出来ん、これから先は神様と申しますけれども、神様のお陰を頂かなければ立ち行かんのだという心の状態が信心の情操というか、感情のなかに入ってきてお陰で、お陰でという頂き方、今まで自分のものと思うておったを者も、自分でしていると思うておったものも
自分でしているのではない許されてしておったのであり、神様の一切の御ものを私達はお預かりしているだけだ。というそういう観念が生まれて参ります。私の物だと思うてた観念から神様のお陰を頂かなければ立ち行かないという観念に変わって行かんといかんのです。私達がお陰をいただけないのは、大抵この観念が邪魔をいたします。観念を変えねばなりません。その観念を変えるにはまず、人間心を捨てなければなりません。人間心をとらせていただく稽古がいるんです。久留米の初代はそいう信心を、そういうお知らせを頂かれてすぐ出来られるというのではなかったと思もうです。話を聞いたからすぐああそこだと合点がいくというのではなく、体験に体験を積んでおいでられて、はじめて、成る程、なるほどと合点がいかれたのである。久留米の初代の信心を『信心辛抱」といはれています。先生が御本部の修行中に四神さまがご奉仕になって居られるお広前で神習う心修をなさっておられた。丁度お参りが途絶えた時に、四神さまがお結界から手招きをされる。「石橋さん、石橋さん」なんだろうかとお結界に近ずくと「なあ、石橋さん信心辛抱さえしとれば物事整わぬことは無いぞ」と教えられた。歯をくいしばって辛抱しろとはおっしゃてない。信心辛抱せよとおっしゃておられる。だから信心のシンといえば「信心辛抱」という事になります。そこで信心辛抱とは歯を食いしばって辛抱するのでなく、信心辛抱だといわれます。福岡の初代は四神さまから「馬鹿と阿呆で道を開け」と教えられておれます。福岡という処はなかなかもって学者や書生がたきの方々が多い。私のような無学なものが出ましても心配するかたちで、四神さまは「馬鹿と阿呆で道を開けよ」とおっしゃった。馬鹿と阿呆という事は信心辛抱の内容だと思います。石橋先生の信心辛抱の内容は、結局馬鹿と、まあ師匠筋におなりになるわけですから、馬鹿と阿呆になりきられた処の辛抱であった。なりきるというところに、ダンダンお力も受けられ、実験なさるから実証も得られなるほど開けてみれば愛と今の合楽の言葉で言うとそう言う事になる。
あれもおかげであった、これもおかげであったとダンダン分かられるようになった。もちろん御晩年の石橋先生の場合は信心辛抱という辛抱する、辛抱する事すらもなくなられた。それは全部御礼の対象でおありになった。としか私には思われません
一生辛抱したという事ではない。辛抱という言葉が石橋先生の辞書のなかには必要でなくなっている。いうならば信心辛抱が神徳化しておる。そしてどういう事になるかというと
開けてみれば愛であり、あれもお陰であり、これもお陰である。現代困った困ったという事もよくわからせていただいたら、御礼が云われて居られるのだろうと私は思います。
ここで合楽理念といったような、まあ私が無学の癖にそういう気の効いた事を申しますから、いろいろと反発をする人がありますけど、「あんたが、合楽、合楽と言い過ぎる。」
私も合楽合楽と言い過ぎる位に云いますものね(笑)ア、イ、ラ、ク、と言わんと字が詰まんのですよ。とにかく何と言うても、本当の良いお導きをいただかないとダメです。
ウソの事を教えられたり曲がったことを教えられたり、お陰の受けられない事を教えられたってつまらん。私がこのごろから福岡で北九州信徒大会がございました。その時の投げ足とでもいいましょうか、大阪で丁度一年前に私の話を聞いてくださった方達が一遍合楽に行ってみろうといった方達で、ここ、いち両日、四五日賑わいました。というのはどういう事かというと、私もあんな事を云ったかなあと後からビデオを見ましたら云うとりますねえ。(笑)そんなこと、そげんなこと私皆思いますばってん、「私の話を聞いて感じてくださったらおかげになります。」と言うとります。即ちフィーリングですそこからかよう。ところがね、そういう話を聞いて今日の話は感じさえすれば、お陰をいただくなあと思って一生懸命聞かれた。十三会の日ですから、二三日前の話、私の話をラジオで聞いてくださったという大阪教会のお信者さんが、たまたまここで修行しています池田先生と後藤さん達と同窓である事が分かって二日市で同窓会があるので丁度尋ねてこられたのが十三日の日だった。ここで一番大きな信心研修の会がございますから、それに参加されて
発表しておられましたが、とにかくお陰を受けておられます。本当にビックリするようなお陰をうけておられます。それ以来全然御比礼が立たなかった教会がもうどうせお陰がいた、いうならば広前教会ですから、いままでならった 全部白紙になって合楽の先生が云う通りの生き方をさして頂こうと言うて、夫婦の先生が夫婦でそれを行じられた。お陰を頂くようになった。信者が助かる様になった。ここにいっぺんもお参りした事が無い。ただ、お礼のお手紙だけ。というように、いうならば、「不思議とは云うまじきもの」といわれるのですから5と5と足したら10になったというだけの事なんです。5と5と掛けたら25になったと言う話なんです。本当に掛け算のようなお陰を頂いちゃる。最近ではね、山を越えて向こうの方まで、共励会場が幾つも出来けだした。マル小はこのごろからは30人40人集まるようになった。全然なかった、いままでは。只今までの、いうならば、私がいう合楽理念に基ずいて布教に夫婦の者があたられたて、そういう働きになってきた。
末永先生が申していますように「海外布教は合楽理念を持ってするほかはない。」という、いうならば、行き方がわずか半年の間に、日に百名からのお参りがあるようになった。しかも白がわり黒がわり黄がわり、しかも出社までできた。それこそトラ狼が棲むというジャングル地帯の小さな町だそうですけれども今度お広前ができるという手紙がまいりました。「先生がするような衣装を送ってください」というので送ってやりました。うちの合楽便りに「マットグロスト教会で人が助かる事になりました。」この頃の手紙にはくろんぼ黒人のお母さんが小児麻痺のどうにもできない子供を連れてお参りするようになっていきなり「生神金光大神様と親先生」と日本語で唱え、ところが小児麻痺の子供がおかげをいただいた。思うただけでも、胸がうずくような喜びをかんじます。真っ黒い大きなお母さんと子供が「生神金光大神様と親先生」を唱えて御祈念さして頂いているとその姿を思っただけでもそういうお蔭をいただける合楽理念の、言うならば、実証をそういうところで証を立てておられる人達がございます。だから、そんなら合楽理念と言うのは一番に聞いてもらったように、とりもなおさず、久留米の初代が「信心辛抱」、しかも初代が頂かれた信心生活とは、自分のものでなのに自分のもののように思ったり自分がしておる自分の我力を出さずにそれには、どうしても馬鹿と阿呆になる稽古がいった。ダンダンお陰を頂いていっている。曲がりなりにも、取り組ませて頂いておったらダンダン実証がうまれてくるようになった。ダンダン確信が出来るようになった。後で考えるとあれもおかげであると分かるのではなくて、その場でお陰と分からして頂くようなお陰がいただけています。後で分かるのじゃなく、その場でそれを即お陰としていただける。私が思うのに生神金光大神とは、どんな場合でも、どんな時でもお礼が言えれる心だと思うんです。 それなら私も生神金光大神になりょうとこ。本当にありがたくてしようがない。それがダンダン実証を積んでゆくに従ってそうなんです。確信が出来てくる。そして教祖生神金光大神様の言われた事に嘘はない。誰でも生神になれる。しかも生神とはそれこそ火の行をした水の行をしたとか逆立ちの行すらある宗教、一生逆立ちしておかんと、そうれは無理な、私は思うんですがそういう宗教もあろうけれども金光様の信心をさして頂くなら、そういう行はしてはならぬと言った方がいいんじゃないか。合楽では、心行家業の行を本気で取り組むことなんだ。日参聴教、結局合楽理念の大本と言うのは、どういう事になるかというと久留米初代の「信心辛抱」であったり、先生が残しておられる信心生活とはこうだ。又福岡の初代が行じて、無学に近い先生があれだけの御比礼を頂かれた。馬鹿と阿呆で道をお開きになった。そういう内容が合楽理念です。あれもお陰であった、これもお陰であったと分からせてもらうようになったら、それには間違いのない本当のお陰が伴のうて来るようになった。しかもそれだけではない。限りなく広がってお陰につながって行くのでなければならない。皆さんせっかく御信心させて頂くのですからね。信心生活出来るおかげを頂きたいものです。それにはねそれを心では合楽理念を持ってすれば誰でもすぐ分かる。しかも簡単で明瞭でお陰に繋がる、お陰が確かである。 というように申しておりますが、それをつまびらかにすると「天の心、地の心」という事になるのです。そこで天の心とはうつくしい心だと、真心だ、無条件だ、天は与えて与えてやまないんだ。しかも、無条件で与えて下さってる。それで最近そう言う信心を神習わしていただくには潔さが要る。と最近云われます。土の信心に極まったといわれておった信心から、天の信心をもっともっと深く広くという今朝のご理解の中にも申しましたように、やっぱり潔さが要るんです。昨日お届けがありました。今度ここの御造営が6億かかるという。竹中が5億で請負いそれから電気器具など他のもろもろが1億恐らくそれでは足らないでしょうけれども、だいたい6億と言われている。せめて6億の100分の一のお陰を頂きたいというご神願を立てた。美しさだけではいかんです。潔さが要る事がわかります。本気になるという事そのことを本気でお陰頂いたら、それこそ、そう言う心を起こした時点から、もう恐れ入ってしまうという働きが起きてきた。実験言わば実証、実験をするでも、そういうお陰を頂かなければなりません。だからダンダン信心を進めていきよるうちにです、信心が有り難い、ありがたいと云いよるから、どれ位ありがたいだろうか、皆が、否神様がお試しになる事がある。昨日私は同じようなお届けを二つ続けてさして頂いた。遠方から参って、熱心に参って見える。大きく手広くご商売をなさっておられる。ところがお母さんがお参りにならない。だからお母さんにどうでもこうでも勢を揃えてお参りしなければ本当のお陰にはならないというのでお母さんに勧める。ところがお商売のほうは反対に売上げが減ってくる。合楽の金光様に参りよるけんではないだろうかと思うたり、感じたりするような事が起こってきた。どういう事でしょうか?お陰を頂かないといけませんなあ
妙なもんですね。そのコツというものは教えたからというて分かるものではない。こうやってお話を聞いてくださっておって、はあーそういうものかなあーと皆さん分かったら自分がそういう色んな問題に直面した時に、いうならば応用問題が解けれるようにならなければダメです。もう一人遠方から参って来るご婦人の方、こないだから大売出しをした。ところで、見事に反対になった。お母さんあなたが合楽に望けすぎるからこんな事になったというお届けがあった。もう本当に有り難いありがたいと遠方から参って来る。二つともそうなん。そこで私がこれはこうだと教えたからと云うてお蔭頂くものじゃあないです。
翻然としたものにならなけあーお陰にならない。教主金光様がご晩年の頃はもう皆に教えられたというみ教えが「皆さん用心しなされや、信心に身が入ってくるとお試しがありますぞ。」とおしゃつた。信心に身が入ってくると、いつまでも小学生ではいかんでしょうが。昨日一昨日でしかココ合楽のご信者さん、第一人者といわれるほどによい信心を頂いておられる方私も感心ほど信心ができますお方その方の事をお願いしておったら、二宮金次郎を頂いた。銅像にもなってるでしょう、薪を担いで、本ばあながめながら、行き帰りでも勉強するという、ところが後に担いでござる焚き物が一杯担いでいるのではなく、これ位しか担いでなか。見ござる本がどげんな本じゃろかと思うたら、小学校の時にいただいった、ハナ、ハト、とちゅうのがあったでしょう、あそこのところを開けておられる処を頂くんです。勉強が好きな事は好き、「薪」という事は、まごころと頂いた。これほど真心の強いお方と思いよったけれども神様の目からご覧になると、これ位の薪である。いかにも信心が好きなように勉強しておられるけれども、まだハナ、ハトの勉強をしておられる、という事なんです。勉強不足、神様の目から見ると限りがない。ですからどういう場合であっても勉強不足、信心不足 ということをその都度、都度悟らして頂いてより高度な信心に手を賭けていかなければなりません。そこには必ずありがたい、わかった、どれ位分かったか試験があるようなもので、お試しを受けるという事は小学校から中学校、中学校から高等学校というように段階が、いうならば、高められてゆくことのため、そこにはそれには大きなお陰の受け場が広くなってゆく道理なんです。教祖はそこの処を仰った「用心しなされや、信心に身が入るとお試しがありますぞ」だから、そのへんのところを分かっていると私どもの応用問題によってその気になるという事です。迎え撃つ姿勢というのが要るです。ドッコイと受けた時に試験に合格する。習っている処だから合格する。習っているところだから見易う出来んにゃならんけれども、私達が勉強する気がないと、どうしてということになってまいります。信心に身が入ってくる、ありがとうなってくると、そのありがたいものを、確かめてくださろうとする神様の働きが起こってくる。先日から高松という先生が居りますが学院時代に永井肝四郎という元学監をしとられた先生がおられた。善導寺にも一遍三井教会にお話に見えた事があるんです。それ以来先生の信心は素晴らしいなあーと思うておりました。人よか、(しんでんしん?)合楽の信心に非常に帰依してくださって、私がご本部に参りました時に古川の家に夫婦でお訪ねくださった事がございます。
先生私は合楽理念といはれるその内容はお話した事でございましたけれども、合楽理念という事を他の・・・りねんと言わないと、とにかくあっちこっちからヤカマシかあーだから、他の例えばこの方のシンジンは神人とおっしゃるから、神人理念とか何とか理念とか、合楽の者があいらくという言葉を使うから遺憾と思うんですけど・・・・・
また、合楽理念でなくてはいけません。教祖が書き残された中にも合楽と言う言葉が出てくるそうです。いうならば、神と氏子が仲ようする信心ということ。そして交流しだす。 そこから生み出されてくるお陰を私は合楽理念によるお陰と思うんです。それにはその内容がね、善導を受けて、ありがたい勿体無いに成らなければならない。いわゆる、勿体島ですはねえ。そして心に喜びの花が咲くようにそれで本当の物か、本当のものでないか、というような事を確かめた上にも確かめて、本当に信心というものはありがたいと思わしていただけるのが常に喜びを持ち続ける常持ちの世界である。これは極楽の世界の事でしょうから、お釈迦様でも、そこまでは説かれた訳です。そこでもうそこに見えている合楽、ただありがたい自分がおかげを受けているお陰の世界からそのお陰をもって信心のまことを合楽に現す。そこから神と仲ようする信心、あいよかけよの世界が開けて来るというのですから合楽といわなければ、合楽教会の合楽ではなくて、そういう意味においての合楽です。けれど知らない人は、大坪さんは合楽、合楽と言い過ぎると云うわれますけど、皆さんが本当に聞いて、なるほど合楽理念を持ってする他ない。百姓は、商売は、家庭生活は、海外布教は、合楽理念を持ってする他はないというところまで高められて参りますとね、どいうことになるか、(はいきんではね?)観念が変って来る。本当の事が分かってくる。肉眼をおいて心眼を開けと仰る心眼で見る世界、それが本当の世界それがわかってまいります。観念が変って来る。例えば私が糖尿病と、甘い物はいかん、辛い物いかんとそういうことでは少しばかりの常識というか、医学といおうか観念に縛られてしもうて、甘いものが好きでも食べられない、辛いものが好きでも食べられないという事になってくる。だから私が小倉の教会に糖尿になってから、ご参拝させて頂いてた時、「大坪先生、あれはいかん、これはいかんと(しなされますな・?)神様が病気の為に作って下さったものだから、ありがたくいただく事さえいただけばいいですよ。」と(すえたか先生?)が教えて下さった。私はそっからそれをまあ実行しておりました。これは観念がない食事が食べてはいけない、飲んではいけないとはなんにも無い、ありがたくいただけれるということになってくるのです。だから観念がね例えば自分の家は因縁が深い、私は罪深い男だ女だと思い込んでおる。そしてそういう観念の世界から抜け出る事が出来ないで、苦労しておるというのが過去数千年にわたってみなが信じたり行をしたり宗教の世界だったと思うんです。( ? )教えがけっして、教えですから悪い事をしろと教えているフシはありませんけれども、最後のぎりぎりの処で助かり様のないような、とても人間で為せることではないほどしの、言うなら、難しい(かいりつ・?)に行きわたってしまうんです。お釈迦様も五戒という難しい戒律あります。キリスト教には十戒という厳しい戒律があります。そういう事ではない人間が人間らしゅう生きる手立て、しかも、ありがとういただくと言う、全ての事に「御の字」をつけて全ての物に「御の字」をつけて頂くと言う生き方、神様のご恩恵でこそあれ、氏子を苦しめたり窮屈な思いをさせぬ事のためにある。先ほど前講で読んでおりましたあのご神戒なんか、一言一言が「幼少の時を忘れて親に不幸の事」と言ったような、(・・・? )その気になれば、だから( ? )
宗教を極めようとすると茨の道だという。茨の道がありがたいならそれでいいでしょうけれども十字架を背負うてでなくお知らせに、金光教の教祖はその十字架を足しの字にしてゆく生き方と教えて下さった。そのことによって一段とプラスする高度な生き方が出来るようになるお陰を受けられるようになるという事。本当を云うたら因縁も、過去百年
間金光教でもそれに似たような事を云ってきましたね。メグリが深いとか何とか・・メグリとはそんなもんではない。教祖のみ教えの中に出てくるのは、天地の御恩徳に対して、お粗末ご無礼が思い方考え方が天地に対しご無礼になって、それがぜんぜんのめぐりで難を受けおる、とある。先祖代代から、いうならば自分の物でないのに自分の物のように思ったり、いうならば、日のお照らしなさる日に悪い日は無いとおしゃるのに、何の日だから、かんの日だから云うて、普請をすると、なんとかかんとか家相を見たり(・・?)いたします。こういう事が本当は難儀の元を構成すると言うわけです。ですから、そこんとこがたとえば判れば、もうその場で過去の深度が、私共が思い違いしておった事が詫びれば許してやるというのが親心と仰せられるのですから、その場でお陰いただけるんです。ところが金光様を信心をしたばってん、やっぱあ、息子には( ? )なからにゃいかんと言う。普請をするのに家相を見てもらわにゃあいかんと言うような事をいうたり思ったりするその観念が、いよいよおかげを受けられない世界になる。宗教的な教えになりますとその思い込みが強い。いや、私は十字架をせおっていかにゃあならんと決めてる。金光教の教祖の御信心を頂いたらむしろプラスになるお陰を即いただけるんだけれども、観念というものが手の平をかえすようにはいかないけれども、ダンダン教えを頂いて実験していくうちに、親先生がいわれる通り、あれもお陰であるこれもお陰であるという事がダンダン分かってくるようになるから、いままでの観念というものが一掃されてくる。そして本当の観念が生まれてくる。いうならば、観念のために茨の道を歩いておる人が世の中にどれぐらい居るかわからない。
和賀心時代を世界に十三帰依を世界に、ここでは十三日会というが、ここでもたびたびもうします。十三日というのは、この頃大阪に参ります時に竹内先生がああー何とかホテル何ホテルでしたかね、エレベーターが何回も(?)、ところで13という番号がない、たいしたホテルでした。皆が13と言う数字は悪数とおもうておる そうじゃないのです。それこそ神愛の日です。ここでは十三日を大事に致します。十三日を神願成就の日として大事にいたします。そういうような事が世界の津々浦々まで広がっている十三日という日が悪日だという思い込みを変えていかなければならない使命を私共は感じます。
この世の中をもうちょっと住みよい、この世の中をもっとありがたい生き方の出来れる世界を開いていかなければならん為には先ず、私の心の中に、あれもおかげであった、これもおかげであると分からしていただく信心をさして頂かなければいけない。そして出たとこ勝負、信心のお陰は一本勝負。ドッコイと受けて、一歩でも引いたらお終り負けたんです。自らね、そこんところを日頃の信心に物言わせて例えばお試しがありますぞといわれるお試しをそれこそスイスイとそこを通っていけれる信心を頂きたい。例えば、初代が言われる「信心辛抱」が要るんです。(?)は、ここは馬鹿と阿呆で、言葉を変えて合楽では「黙って治める、土の心で受けぬこう」と不思議に受け抜かせていただくと、例えば云わねばならない事でも、ああー云わんでよかったという喜びが心の中に広がってくる。その喜びがいただける事が楽しくなってくる。そのようにしてよろこびの世界がいやが上にも広がっていくもんだということなんです。お互いが毎日日参をして御理解が有り難い、ありがたいと云うて、まあ、いますけれども、まあーだ巻が足らない、真心が足らない、神様のお陰に比べると、こんなことでは相済まないという処に気ずかせていただいて、本気で少しはね(? ?)しょう。小学校にいったら小学校、中学校にいったら中学校のお勉強がなされる。これこそ学者が眼鏡をかけて本を読むようなものであろうぞい、それぞれの修行がダンダン楽しくなってくる。愉快なものになってくる。学徳が身についてこの歳になって本を読まなきゃあならないというのでなくて、それこそ学者が楽しく喜びを持って勉強して行くだろうように、信心のお徳を受けてゆくということもやはり本当一生が修行、いうならば、あの世にいってもやっぱり修行、生神金光大神を目指しての修行、限りがない、しかもあの世にも、合楽理念に基づいて、修行さして頂くならばです、あの世この世で、ね信心を楽しいことありがたいというところまでしかも愉快にまでなってゆく信心を本気で身につけたい。
昨日慰霊祭のあといつも九次会でございますけど高橋さんがようーまあ沢山さんの出来ったと思うんですけど御造営の時丁度二年間かかりましたが、その模様を映画に撮ってございます。それを夕べ見せて頂いたんですけれども、丁度ここで奉祭式があり、開教式があり、私と親先生と勝彦で椛目の時も一杯だったが、ここで開教式をした時にはこんなにここに一杯でした。神さまが建立して下さった。私はこの受けものというものが、受け物さえ出来れば、私は必ずお蔭が受けられると思います。こんなにお広前が広くなった、お参りはちょこっとばかりでは、これは人間が建てたんです。今度も神さまがひっしと新しい信徒会館が建立されております。何百畳でしょうか、今度のお広前は。いうところにこの春の御大祭は諦めたと思うんですけれども、もう、見よってみなさい、本当にあちらに行ったら、あちらのお広前は一杯になりますよ。なぜかて、神さまが作ってござる、私は(ごぞえなか?)だと思いますよ。結局受けものを作らなければいけない。それからダンダン大きくしていかなければいけない。もう限りない信心辛抱、もう限りない馬鹿と阿呆、それを合楽流儀で言いますと一日云うてますその手掛かりというものがね、面白いんです合楽の場合は、この頃大阪の百年、布教百年の記念の御本をあちらからある先生が贈ってくださった。なかに白神先生の祈願詞今で云う拝詞ですね。先生が拝んでおられる、云っておられるそれを送ってくださった。私はそれを読んでからね意気を強くしたんです。
というのは最後のところに「ありがたく、面白く」とあります。私はね、嬉しくてありがとうして、しかも愉快にまでというのが、やっぱりウソではないなあと思うんです。そうあれたらおもしろいです。そういうとこではの石橋先生の信心辛抱ではないけれども、(碁盤に残るのは?)辛抱という言葉すらいらない程しのお蔭をいただいて信心辛抱のお徳受けておられたっだと思います。吉木先生いってもしかり。一時は心馬鹿になって、阿呆になる、( ? )けれどもそれは馬鹿と阿呆で道を開くという事は一切が許せれる、気にならない、観念が変わる、思い方ものの考え方が変わってくる。そこからいうならば、元気でありがたく馬鹿と阿呆におなりになられたんじゃあないかと思います。
だから稽古しなければダメです。やはり勉強しなければダメです。合楽理念をいよいよマスターさしてもろうてその実験そして実証して信心をありがたいもの楽しいもの高めていただければいいと思います。(とっきない・?)お話でしたけれども、私達・・・・・先日「茗荷が栄える蕗繁盛」という事をいただきました。茗荷というのは大変繁殖する植物だそうです。よろこびの茗に賀正の賀、蕗は富貴, 信心のよろこびを喜びの妙といいます。信心のよろこびが感じられる分かるお陰をいただいていただきたい。
私は先ほど大阪での話の中で、わたくし の話の中で感じて下さったらその場から勇気が出ます。不思議です、だからお陰に繋がるのです。私の話を分かって下さったら信心が進みます。これも大阪で云うてる言葉のなかに出てきます。だから分かっただけでなく行じることによって信心が進むのです。どうぞ一つ唯おかげをいただくのではなく受け物を持っての、喜びをこれにいただいて、喜びに頂けるところのおかげそういうお陰ならば、あの世までも持って、この世にも残しておけるそういうものでございます。
今日の御祭りを境に、少しぐらいこういう信心に進ませていただくお陰をいただいて頂きたいと思います。 どうぞ。